広島高等裁判所岡山支部 昭和39年(ネ)18号 判決 1967年9月29日
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一、双方の申立て
1、控訴人は主文同旨の判決を求めた。
2、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。
二、双方の主張と証拠
当事者双方の主張および証拠の提出・援用・認否は、左記のとおり付加するほか、原判決事実摘示に記載するところと同一である(ただし、原判決三枚目四行目に振出とあるのを振出地と訂正する)から、これを引用する。
1、控訴人の主張の補充
控訴人は倉敷のタマヤホテルの工事を請け負つていた株式会社和田組(代表者和田誠一)のため、工事代金を仮払いすることとし、本件為替手形二通の引受けをした。和田組は右工事のうち水道衛生工事を岡本正志に下請けさせ、その前渡金として本件手形を交付譲渡した。岡本は吉村次義の仲介により被控訴人からその割引きを受けたが、吉村がその代金を費消して岡本に渡さなかつたので、岡本は資金に窮し、工事を進行させなかつた。他方、被控訴人は本件手形を紛失し、その再発行を和田や控訴人に要求することとなつた。
そこで、昭和三六年八月中旬すぎころ、和田、森田三郎、岡本、吉村および被控訴人会社の東盛幸一が会合した結果、(イ)被控訴人が控訴人に紛失手形の再発行を求める条件として、吉村の経営する中国木工株式会社の同額の先日付け小切手を被控訴人に差し入れること、(ロ)もし紛失手形が現われて控訴人が第三者から請求を受けた場合は、被控訴人がその支払に要する額面全額を控訴人に予託すること、の協定が成立した。和田、森田はこれに基づいて控訴人に手形の再発行を求め、控訴人会社代表者は被控訴人会社代表者に直接電話して右(ロ)の趣旨を確認し、その指示に従つて、額面一〇万円の小切手と額面二〇万円の為替手形(昭三九・三・二八および同四〇・九・二九準備書面に「約束手形」とあるのは誤記と認める)各一通を和田に交付した。
これは、もとより、和田の懇請により、岡本に下請け工事を施行させるべく、同人に交付するためのものである。
控訴人が右小切手を振り出し、手形を再発行した際の法律関係は、控訴人が引受けをし、被控訴人が紛失した本件手形二通と中国木工の小切手とを差し替えたもの、すなわち、被控訴人は控訴人に対する手形上の権利を放棄し、中国木工の小切手債権を取得したものである(吉村は岡本から頼まれて割り引いた金員を自ら費消した責任上、これを弁償する義務があるから、自己の経営する中国木工の小切手を振り出して被控訴人に債務を負い、控訴人に紛失手形を再発行させて岡本に資金を与え、これにより岡本は吉村の費消の償いをうることができることとしたものである)。そして、この関係は中国木工の小切手が支払われると否とには無関係である。控訴人が手形を再発行するについては、もし中国木工の小切手が不渡りとなつたときは二重払いしてくれ、というようなことではなく、控訴人が手形の再発行をするについての二重払いの危険に関する被控訴人の保証は、中国木工の小切手が支払われると否とには関係がない。
2、被控訴人の主張の補充
被控訴人が中国木工振出しの額面三〇万円の小切手を受け取つたことは認める。
3、証拠(省略)
理由
一、本件においては、白地手形を喪失した場合の除権判決の効用いかんという特殊な法律問題があるが、係争の事実関係をまず確定すると、次のとおりである。
1、控訴人が昭和三六年七月初めころ、被控訴人主張の為替手形二通の引受けをしたうえ、これを株式会社和田組に交付したことは、振出地欄の記載の有無の点を除いて、当事者間に争いがなく、原審証人和田誠一、吉村次義の証言によれば、振出地欄にはいずれも被控訴人主張のとおり岡山市と記載されていたことが認められる。
2、原審および当審証人和田誠一、原審証人森田三郎、吉村次義の証言の各一部、原審および当審における控訴人会社代表者本人の供述の一部、原審証人吉田吉久、則枝幸子、同東盛幸一、妹尾房二の証言、原審における被控訴人会社代表者本人の供述によると、次の事実を認めることができる。
イ、昭和三六年ころ和田組は倉敷市の田丸屋温泉ホテルの建築工事を請け負つていた。控訴人は工事の保証人で、工事代金の仮払いをするため、本件為替手形額面一〇万円および二〇万円の計二通の引受けをし、受取人白地のまま同年七月初めころ和田組に交付した。和田組はこれを即時、同ホテルの水道衛生工事の下請人である岡本正志に下請代金の前渡金として交付した。同人は本件手形により金融をうるために、中国木工株式会社の吉村次義に交付したところ、吉村は同月八日ころ本件手形二通を担保として、被控訴人より期間一〇日の約で三〇万円を借り受け、なお、その支払確保のため中国木工振出しの額面同額の小切手一通を被控訴人に差し入れた。
ロ、しかし、吉村は岡本との間の貸借関係の精算に藉口して、被控訴人より融資をえた金員を岡本に渡さず、そのため岡本の施行すべき水道衛生関係の下請工事は進捗せず、元請人たる和田組としても工事の進行を焦慮する状況となつた。他方、被控訴人は吉村から受け取つた本件手形二通と小切手を、他の手形や現金等とともに喪失し、本件手形等の再発行を求めていた。小切手は中国木工からただちに再発行されたが、本件手形二通については、引受人たる控訴人から再発行を拒絶されていた。
ハ、そこで同年八月下旬ころ被控訴人会社の近所にある喫茶店「のばら」に和田、森田、岡本、吉村らが集まつて善後策を協議した(控訴人は被控訴人会社の東盛もこの会合に参加したというが、その事実を認めるに足る証拠はない)。しかし、和田はかつて事業に失敗し、再起して前記ホテルの工事を施行していたが、後ふたたび行き詰つて工事を完成せぬまま倒産したもの、岡本もその際ともに倒産したもの、吉村も、その実質的に経営していた中国木工は当時すでに資金繰りに窮し、前記三〇万円の小切手も支払不能で書替えを繰り返していたが、同年一〇月には倒産するに至つたもので、協議の結果いかなる善後策が生まれたか、いつこう明らかでない(けだし、「紛失手形の再発行」という言葉を用いて見ても、吉村はその手形によつてすでに融資をえており、その金員が吉村の手にとどまつて岡本に渡らなかつたところに問題の発端があるのであるから、吉村が自己の用に費消した金員をあらたに調達して岡本に交付するか、金主である控訴人が別途に資金を提供するか、のいずれかしか問題解決の方法はない。しかるに吉村の経営する中国木工は資金難で、前記の小切手を不渡処分に付されればただちに倒産を免れなかつたものであり、控訴人は別途資金提供の意思がないことはもちろん、喪失手形の再発行じたいも二重払いの危険性があるといつて拒んでいたのであるから、控訴人と被控訴人を除いて、資力のない者が集まつていかに協議してみても、ほんらい合理的な解決策が生まれる筈がなかつたわけである)。
ニ、控訴人はその後、間もなく、和田の懇請を容れて額面一〇万円の小切手一通を交付し、さらに額面二〇万円の為替手形の引受けをして交付した。和田は小切手を岡本名義で下請工事を続行した双葉商会に持参し、手形を千代田商事で割り引いて工事代金に充当した。控訴人代表者は、右小切手等を和田に交付するに際し、被控訴人会社代表者に電話して、直接に、控訴人が手形を再発行した後、本件の喪失手形二通が現われた場合は、被控訴人がその額面全額を控訴人に予託して、二重払いの迷惑はかけない旨の確約をえた(被控訴人代表者本人の供述はこの直接のやりとりを否定しているが、同供述および東盛、妹尾の証言によつても、被控訴人が控訴人に手形の再発行を求めるに際し、自ら同趣旨の申入れをしたことが明らかである)。
ホ、しかし、被控訴人が本件の喪失手形二通が後日あらわれた場合、その額面全額を控訴人に預託して二重払いの責任を負わせない旨を約したのは、もとより、再発行手形が被控訴人に入手されることを当然の前提とする。
被控訴人は、前述のように吉村の要請により融資したが、その担保である本件手形二通を喪失した。念のため差し入れさせた中国木工の小切手は喪失後ただちに再発行されたが、中国木工の資金難のため実効がない。そこで融資した債権の確保のため、控訴人引受けの手形の再発行を求めたのであるから、再発行手形が被控訴人に入手できないのに、喪失手形があらわれた場合にその責任を負担するとすれば、被控訴人として損害が倍加する道理である。被控訴人がかかる不利益を自ら甘受したと認めるべき事情はさらになく、そもそも被控訴人に渡らぬ手形であれば、それは控訴人による手形の別途引受けであつて、紛失手形の再発行とはいえない。
控訴人が被控訴人の前記確約をえて初めて手形を再発行したといいながら、小切手、手形ともに工事資金供与の目的で和田に交付したというのは、矛盾撞着以外のなにものでもなく、それが被控訴人の指示に従つたものである旨の主張に至つては、これを裏付けるべきなんらの証拠もない。
ヘ、控訴人が、被控訴人は中国木工の小切手を取得することにより、本件の喪失手形二通の権利を放棄したとする主張は、本件にあらわれた中国木工の無資力からすればナンセンスというにちかい。そして、右小切手は書替えを繰り返したあげく、けつきよく支払がないまま現在に至つているのである。
3、以上のとおり認めることができ、前掲証人和田、森田、吉村の証言、控訴人会社代表者本人の供述のうち、以上の認定に反する部分は措信せず、他にこれを左右すべき証拠はない。
二、本件喪失手形と除権判決について
1、被控訴人は本件手形の喪失前、同年七月八日、白地であつた提出人および受取人欄に被控訴人名、振出日および引受日欄に右同日の記載を補充したと主張するが、これを認めるべき証拠はなんら存在せず、かえつて前掲則枝幸子の証言および被控訴人会社代表者本人の供述によると、被控訴人は本件手形二通の白地欄を補充しないまま喪失したことが明らかである。
2、白地手形を喪失した場合、その最後の所持人が公示催告および除権判決の申立てをなしうるかについては、その母法の法制の下において異論がないではなかつたが、これを肯定することわが国の通説である。公示催告および除権判決の制度は、喪失した証券上の権利行使を可能にすることを目的とするばかりでなく、これが第三者に善意取得され、喪失前の所持人が手形上の責任を負担する危険を防ぐことをも目的とするから、白地手形についても公示催告および除権判決の申立てをなしうるものと解すべきである。しかし、除権判決によつても、喪失手形そのものが回復されるわけではなく、したがつて白地補充の術はないから、喪失前の所持人は、除権判決に基づき、手形上の権利を行使して義務の履行を求めることは不可能である。この場合、除権判決に基づき喪失手形の再発行を求めて白地を補充し、または手形外の意思表示により白地を補充することが考えられるが、除権判決をえた申立人があらたな証書の交付を受けることができるか否かは、一に実体法の定めるところによるもので(商法二三〇条参照)、手形の再発行は、もとより権利として求めうるものではなく、手形外の意思表示による白地の補充は、立法論としてはともかく、実定法の解釈論としては、たやすく肯定し難い。
3、本件において被控訴人が喪失したのは、振出人、受取人、振出日、引受日の各欄とも空白のままの白地手形であるから、被控訴人は、たとえ喪失手形について除権判決をえても、喪失手形が善意の第三者に取得され、場合により自己が手形上の責任を追求される危険を除去しうるにすぎず、除権判決に基づいて手形上の権利を行使することはできない。のみならず、成立に争いのない甲一号証によると、被控訴人は、喪失した本件手形二通はいずれも前述のとおり白地手形であるのに、その喪失前、振出人および受取人(最後の所持人)を被控訴人、振出日を昭和三六年七月八日と補充したものとして、公示催告および除権判決の申立てをしたことが明らかである。本件手形二通には、額面、満期、支払地、支払場所、振出地および引受人の記載があるから、前記公示催告および除権判決の対象となつた手形が何であるかという、特定性において欠けるところはないが、白地手形であるのに白地でないものとして申し立てられているのであるから、現実の喪失手形と公示催告および除権判決の対象として表示された手形との間に、同一性を認め難いものといわなければならない。けだし、白地手形はその取得者によつて、いかなる記入をされるか保し難く、本件においても、喪失手形の白地が除権判決表示のように記入される可能性を肯定すべきなんらの手がかりもないからである。
4、以上、被控訴人が喪失した本件手形は白地手形であつて、除権判決によつてもほんらい権利行使の途がなく、とくに被控訴人のえた本件除権判決は現実の喪失手形との間に同一性を認め難いものであるから、除権判決に基づき本件手形金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、失当として排斥するのほかはない。
三、結語
よつて、民訴三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。